あなたにはこんな悩みはありませんか。
1.一体何を基準にして、絵がわかるとか、わからないとか言っているのかわからない。
2.自分の感性に、あまり自信が持てない。
3.絵を評価するには、専門知識が必要なのかわからない。
あなたのこれらの悩み、全て誤解からきています。
1. に関しては、そもそも絵画はわかったりわからなかったりするものではありません。
絵画は、人の感性に共感するかしないかが重要なものです。
2.に関しては、そもそも人の感性の良し悪しを決める基準なんかありません。
重要なのは、自分の感性が人の感性と共感し合えるかどうかです。
3.に関しては、そもそも絵を楽しむのに美術の専門知識が必要なら、世の中の絵画は、美術の専門家のためだけのものになってしまいます。
今日は、この3つの誤解を中心に、その原因を解説し、いちばん大切なことについてお話します。
絵画がわかるとか、わからないとか言うことに意味はあるか
人がある美術作品を見たり聞いたりしたときに、「わかる」とか「わからない」とかいう場合、何を意味しているのでしょうか。
その作品に対する、すでに存在する解釈が理解できるかできないかが問題なのではなく、
あなた自信がその作品そのものを理解できるかできないかが問題のはずです。
でも、理解できるかできないかにどんな意味があるのでしょうか。
十分理解できたからといって、その絵に感動するかどうかは別の話ですよ。
極端な話、理解できようができなかろうが、人は絵に感動できます。
理解と感動はあまり関係がないのです。
絵画にとって重要なことは、「共感できるかできないか」です。
画家の感性に共感できるかできないか、
作品を見る人どうしが、お互いに共感し合えるかどうかが重要です。
だからといって、理解が無意味だと言いたいわけではありません。
なぜなら、理解を通して「共感の輪」が広がることもあるからです。
他人の解釈を聞いたり呼んだりしたときの『共感』が、あなたの絵を観る目を変えることだってあるかもしれません。
重要なのは、「理解だけでは何も変わりませんが、『共感』を伴うと、ものを見る目が変わる」ということです。
今日からは、絵画が「わかる」とか「わからない」とかに、もうこだわる必要はありません。
それよりも、あなたの感性に基づいて、『共感』できるかできないかを重視してみてください。
自分の感性に自信を持つことに意味はあるか
ひとがなにかに自信があるとき、何を根拠に自信があるというのでしょうか。
自信とは、「他人と比べるための一定の評価基準があり、それに基づいて、人から高い評価を得たときに得られるもの」と考えると、
感性に自信があるとは、ちょっとおかしなことになりませんか。
そもそも、感性の良し悪しを評価する一定の基準をつくることなんてできるでしょうか。
本来感性は、日々の積み重ねから成る各自の個性ですから、良し悪しを超えたものです。
それを比べることに、意味があるでしょうか。
そう考えると、感性に自信があるという言い方そのものがほとんどナンセンスに聞こえませんか。
重要なのは、感性に自信があるかどうかではなく、「人の感性への共感」です。
共感には、一時的なものもあれば、継続的なものもあります。
一時的な共感は単なる流行かもしれません。
継続的な共感は時代を経ても変わらない価値観に支えられているから継続しているのかもしれません。いずれにせよ、絵画を見るときに必要なことは、感性に自信があるかどうかではなく、その絵に共感できたかどうかです。
もちろんなにかに共感するには、感性が必要ですが、あなた自身が自分の感性に自信があるかどうかは、あまり問題ではありません。
ついでにお話しすると、感性を磨くという言い方をよくしますが、そもそも感性を磨くことなどできるものでしょうか。感性は様々な要素の長年の積み重ねでできたものですから、一時的な努力などで(どんな努力が必要かわかりませんが)どうこうできるものではありません。
先程もお話したとおり、感性は人と比べる必要もなければ、良し悪しの基準もはっきりしないものです。
そう考えると、急に磨けるようなものではないですよね。
やはり重要なことは、「画家の感性」への共感や、「作品を見る人の感性」への共感です。
そして最も重要なことは、あなたが自分の感性に基づいて絵を見るということです。
これがなければ共感は成り立ちません。
共感は、おたがいに自分の感性に基づいて絵を描いたり、絵を見たりする者同士の間でしか成り立たないことだからです。
あたり前のことですが、意外と忘れられています。
感性は唯一無二あなただけのものですから、特に自信を持つ必要も、自信をなくす必要もありません。あなたはただ、ご自分の感性を大事にすればいいだけです。
絵を評価するとき、知識があることに意味はあるか
絵を評価するのに、専門知識は必要か
絵を評価するのに美術に関する知識が必要かと言われれば、やはりある程度は必要です。実際のところ、その知識がないと絵の良さになかなか気づけないこともあります。ただ、昔の絵をみる場合、絵を見ているのは現代人の私達です。私達が、現代人の目で見て、現代人の感性で感じて、今の私達に必要なあたらしい解釈を創る、というのであれば、その知識は必要ないかもしれません。
それは、次のような知識のことです。
・西洋と東洋における、自然や、美や、絵画の存在意義などに対する考え方の違い
・西洋では近代まで主流だった、『絵画に意味を込めて、それを読む」というやり方に関する知識
・いくつかの表現原理に関する知識(これは、エジプトから、バロックの時代までに注目するとほとんどのパターンが出てきます)
参考までに表現原理を簡単にまとめてみます。
エジプト美術 知識に基づいて表現した
ギリシャ美術 自分の目に基づいて表現した
中世美術 自分の感じたことに基づいて表現した
ルネサンス美術 人間中心に世界を見て表現した
バロック美術 説得の技術を駆使して、人を説得した
絵を見るのに必要な知識は、この程度で十分じゃないでしょうか。
これ以上の専門知識は、文字通り専門家にしか必要ありません。
知識は、あなたの興味に応じて必然的に増えていくのにまかせるのが自然です。
ただ、おすすめできないのは、あなたの感性を無視して知識を集めることです。これをやってしまうと、せっかくの知識が有機的につながりません。
人の感性に基づいて知識を集めたとところで、自分の知識として有機的につながるわけがありません。逆に、あなたの感性に基づいて知識を集めると、知識が有機的につながります。そうすると、因果関係が見えてきて、絵を見るときの助けになりますし、人に共感してもらうときや、人を説得するときの武器にもなります。
絵を評価するのに、知識の多さは必要か
知識が多ければ多いほど絵を心から楽しめるのであれば、それも一つの方法でしょう。でもそれは、絵を見ることそのことが楽しいというより、知識を集めること自体が楽しいだけかもしれません。それはそれで楽しいことだと思います。
でも、今ここで問題にしたいのは、絵を見ることの楽しさについてです。
絵を見て楽しみたいときにどれくらいの知識があればいいのでしょうか。
これについてお話しする前に、いま問題にしている知識を定義しておきます。
『美術全般に関する知識や、個々の絵画に関する知識』つまり、『概念的に把握できて、人に言葉で伝えられる知識』 これは、普通の意味での知識です。
ここで取り上げたいもうひとつの知識があります。それは、『目に見えず、概念的に把握しにくい知識』です。
前者を『目に見える知識』、後者を『目に見えない知識』、と仮に呼びます。
『目に見える知識』は、先程もお話したように、因果関係を探ったり、人を説得するときの武器になりますが、絵を見て楽しみたいときに必要なのは、むしろ、『目に見えない知識』の方です。『目に見えない知識』とは、唯一無二のあなたの感性を支えている、「様々な要素が複雑に絡み合い、長年積み重なってできた知識」のことです。この知識は、誰のものでもないあなたのオリジナルの知識です。この知識こそがあなたの楽しみの源泉です。ですから、『目に見えない知識』は、絵を見て楽しむためには不可欠な知識です。
ただ、『目に見えない知識』の多さは把握できるものではありませんから、この知識の多さ少なさが絵を見るときにどう影響するかはわかりません。
『目に見える知識』のほうは、武器として使うなら、多いに越したたことはありませんが、絵を見て楽しむためには多さは関係ありません。
まとめ
人が絵を心から楽しんでいるとき、その絵を「わかった」とは言いません。
絵の理解と感動は別のものです。人が絵を心から楽しんでいるときの感動は、『共感』からくるものです。ですから、絵画にとって重要なことは、「わかるかわからないか」ではなく、「共感できるかできないか」です。それも、自分の感性に基づいて「共感できるかできないか」です。人の解釈に基づいて絵を見たとき、理解はできても、共感できなければ、そこに感動はありません。
『共感』は、自分の感性に基づいて見たり描いたりする者同士の間でしか成り立ちません。ですから、絵を心から楽しみたければ、自分の感性を忘れないことです。
自分の感性は、唯一無二あなただけのものですから、必要以上に自身を持つ必要もなければ、自信を無くす必要もありません。ただ、自分の感性を大事にしましょう。
知識に関しては『目に見える知識』と『目に見えない知識』が必要になります。
『目に見える知識』とは、時代や地域の影響を大きく受けている知識で、絵の存在意義や表現原理に関する知識のことです。絵を理解するうえで、ある程度は必要な知識です。でもこの知識は、ひととおり把握できれば充分です。もしもあなたがこの知識を、ご自分の感性に基づいて集めたなら、それは有機的な知識となり、絵を見るときでも、共感を求めて人を説得するときでも、それはきっと役に立つでしょう。
『目に見えない知識』とは、あなたが長年かけて積み重ねてきた、あなただけのオリジナルの知識のことで、あなたの感性を根底で支えている知識のことです。この知識はあなたの楽しみの源泉でもありますから、絵を楽しむためには不可欠な知識です。
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